「謙虚さのレッスン」と建築の設計
(写真:建築基準法など建築に関わる法規集。これ以外にも多数の関連法令や要綱、指針などがあり、また地域によって規制が異なるため「間違う可能性がある」ことを念頭において設計を進めています)
日本経済新聞の3月27日の「プロムナード」に連載されている山本貴光氏のコラムに共感を覚えたので、備忘録を兼ねてご紹介します。
タイトルは「謙虚さのレッスン」。
ゲーム作家として著名な山本氏。コラムで述べておられることを勝手ながら要約をさせて頂くと、おおよそ次のようなことでした。
・プログラムとは、実現したい状況を目指して命令を書き連ねる行為である。
・つくりたいものの規模に応じて、プログラムは数千行、数万行と長くなる。
・長くなると間違える可能性が生じる。
・1つのプログラムには、ほとんどの場合いくつものミスが混入している。
・プログラムを書き上げたら、必ずテストをして不具合を確認する。
・経験が浅い人は、コンピューターに不具合の原因を求める。
・コンピューターはプログラム通りに動くため、不具合が生じた場合はプログラムにミスがある。
・それを繰り返すうちに、自信があっても自分は間違える可能性があると思うようになる。
・プログラムとは「自分は間違えない」という思い込みとの戦いなのである。
どうでしょう?プログラムの世界に限らず、世の中の多くの仕事にあてはまりそうではありませんか?はい、建築の設計も非常に似通ったところがあります。
「プログラム」を「建築設計」に代えてみると、次のような具合です。
・建築設計とは、実現したい状況を目指してクライアントとの打合せを重ね、法令に照らし合わせ、要望と予算を考慮し、最適解を提案し、了解を得て、図面き描き連ねる行為である。
・つくりたいものの規模に応じて、設計図書(図面や書類)は数百枚以上と多くなる。
・規模が大きくなったり、要求の難易度が高いと間違える可能性が生じる。
・1つの設計図書をつくる過程には、ほとんどの場合いくつものミスが混入している。
・テストすることは出来ないので、設計の途中で何度も法令集を確認したり、図面を見直したり、役所に問い合わせたりして誤りが無いか精査を重ねる。
・経験が浅い人は、自分の無知を棚に上げて法制度や役所の対応に原因を求める。
・役所の審査課は法令通りに対応するので、大抵の場合は設計者の条文見落としや読み違いがある。
・それを繰り返すうちに、自身があっても自分は間違える可能性があると思うようになる。
・建築設計とは「自分は間違えない」という思い込みとの戦いなのである。
建築に関わる法令は、年々複雑化して難解さを極める建築基準法を筆頭に、建築基準法施行令、施行規則、関係告示、都市計画法、消防法、省エネ法、景観法、バリアフリー法、都市緑地法、駐車場法、河川法、砂防法、宅造規制法など関連法、要綱、指針などなど本当にたくさんあり、特殊建築物(学校やホテル、店舗など)の場合は関係法令だけで数千ページもの規制が及び、なおかつ毎年のようにそれらが改正されて、厳しくなっています。さらに、各自治体で定めている関連条例(東京都なら建築安全条例、中高層条例など)は、それぞれ規制内容が異なりますので、計画地ごとに慎重に確認する必要があります。
もし、そのうちの一つでもクリアしていなければ、確認申請の確認済証が下りない(着工出来ない)事態に陥りますので、じっくりと腰を据えて計画に取り組みたいところです。が、実際には予算も工期も最小限に抑える必要がある計画がほとんどですので、走りながら図面を描くような状況になります。
でも、そこで条文の見落としなどあれば既述のようなことになりますので、先入観を持たずに「自分は間違うかもしれない」あるいは「知らないかもしれない」と謙虚さを持ちつつ、「慌てず、急いで」という禅問答のような心境で設計を進めています。